告知の日

手術で摘出されたのは良性腫瘍と思って、退院し、職場復帰に向けて散歩や家事をしていましたが、2014年に手術をした後より、体調は思わしくありませんでした。

三年分歳とったということかなーと思い過ごしていたところ、手術した病院から電話があり、至急来院してくださいと言われました。

できれば家族と、と言われ、病理診断は悪性だったのだなと悟りました。

 

そこから翌日電車で30分くらいかけて病院に行ったこと、結果を受けて会社と夫と親に報告したこと、翌日家から近いK病院を予約してもらったこと、いまから考えても思い出せません。

 

翌日K病院で卵管がんだと、子供より治療を優先しろと言われたときは、やるべきことが決まったと少しほっとしました。

落ち込んでいる両親と中華料理を食べて、治療頑張るねと、帰りました。

 

しかし夜はとうとう子供を産めなかったことが、夫にも両親にも申し訳なく涙が止まりませんてました。

またわたしにとっても、何年も取り組んできた目標だったので、これから何を楽しみにすればいいのかよくわからなくなりました。

 数日はどこへ行っても、夫と「子供できたらここに買い物に来ようね」とか言っていた場所を通るたび、辛くなり、外出してもすぐに家に帰っていました。

 

まだがんのことをそんなに理解しておらず、子供が産めなくなって申し訳ないという気持ちがほとんどでした。