TC療法1クール目

告知後、1週間も経たないうちに、入院、化学療法がはじまりました。

手術は空きがなく、いったんは卵管を摘出しているので、先に化学療法をはじめましょうとのことでした。

抗がん剤投与の日までは、おしっこをためる以外にはすることがなく、不安で卵管がんや卵巣がんの方のブログを探しては熱心に読んでいました。

 

なかでも同じ卵管がんの方のブログで、とても明るく勇気付けられるブログを書かれる方がいて、とても励まされました。

不妊治療をしているときも色んな方のブログを読んでいましたが、これほど励まされたことはありません。

また明るく、本当に明るく面白いブログなのですが、同時に治療にも前向きに取り組まれているので、勉強になりました。

旅行や患者の方の集まりに遠くまで行ったりと、活動的で、勇気をもらえました。 

 

私はまだまだ拙いブログですが、「ブログを書いてみよう!」と思い新しいことが始められたことに本当に感謝しています。

 

ちょっと話がそれてしまったのですが、、、

このようなわけで、入院から抗がん剤投与の日には、少し治療に前向きになり、先生にも質問をしたりできるようになっていました。

アルコールに弱いので、投与開始後ほとんどを寝てすごしました。

そして当日はご飯をもりもり食べ、翌日も普通に過ごしました。

便秘だけが辛く、歩いてみましたが、改善しませんでした。

投与から3日目の朝、起きたら吐き気がしました。

これが不妊治療中だったら、「つわりか!」というくらいご飯のにおいがだめになっていました。

3日目、4日目、5日目と食欲がなく、倦怠感と少しの筋肉痛でしんどかったです。

特に食欲不振が辛く、なぜか「これががんになって痩せるやつや」と勝手に恐怖心を抱き、無理をして食べようとしてしまいました。

なぜか、外出してカプリチョーザの冷製パスタを食べました。。。

この3日間は、なぜかイタリア、スペイン気分で、親に無理を言って、ガスパチョを作ってもらったりしました。

 

6日目の朝起きたら、お腹がすいていて、ここから回復しました。

その後は、少しの指のしびれ以外は特に副作用もなく普通に過ごしていました。

 

 

告知の日

手術で摘出されたのは良性腫瘍と思って、退院し、職場復帰に向けて散歩や家事をしていましたが、2014年に手術をした後より、体調は思わしくありませんでした。

三年分歳とったということかなーと思い過ごしていたところ、手術した病院から電話があり、至急来院してくださいと言われました。

できれば家族と、と言われ、病理診断は悪性だったのだなと悟りました。

 

そこから翌日電車で30分くらいかけて病院に行ったこと、結果を受けて会社と夫と親に報告したこと、翌日家から近いK病院を予約してもらったこと、いまから考えても思い出せません。

 

翌日K病院で卵管がんだと、子供より治療を優先しろと言われたときは、やるべきことが決まったと少しほっとしました。

落ち込んでいる両親と中華料理を食べて、治療頑張るねと、帰りました。

 

しかし夜はとうとう子供を産めなかったことが、夫にも両親にも申し訳なく涙が止まりませんてました。

またわたしにとっても、何年も取り組んできた目標だったので、これから何を楽しみにすればいいのかよくわからなくなりました。

 数日はどこへ行っても、夫と「子供できたらここに買い物に来ようね」とか言っていた場所を通るたび、辛くなり、外出してもすぐに家に帰っていました。

 

まだがんのことをそんなに理解しておらず、子供が産めなくなって申し訳ないという気持ちがほとんどでした。

 

自己紹介

二回ブログに投稿し、どきどきしながら読んでみると、、、
誰やねん!
と。

自己紹介します。
34歳、関西出身在住、既婚の会社員です。
結婚は2009年、27歳になる時でした。
夫は5歳年上の、大人しく優しくおおらかでのんきな性格です。

一方わたしは、
自己主張が強く
覇気がある
せっかち
夢見がち
論理的に割り切って考えようとする
数字が好き
わがまま
負けず嫌い
と男のような、恐ろしい女のような性格だと思います。

 

仕事では小さな会社ですが、管理職をしていました。
いわゆる管理部門全般を任されていました。
わたしは会社、仕事が大好きでした。
みんなで決め計画した夢や目標に向けてチャレンジする時、わくわくするし、達成したところを想像するとできる限り無理をしてでも達成したいと思います。

 

不妊治療中、なんども赤ちゃんがわたしのところにやってくることを想像しようとしました。
寝る前や夫と話すとき。
しかし、想像できませんでした。
すぐに、思考は気にかかってた仕事に切り替わったり、これからはこんな福利厚生を提案してみようかなと仕事のことを考えたり、していました。

 

わたしは仕事が楽しく熱中するがあまり、自分の人生や大切な人のことをないがしろにしてしまったようです。
大学受験のときは、本の世界にはまり勉強をないがしろにし、
大学時代は、アルバイトに熱中し、遊びも恋愛も進路もないがしろにし、
好きな人ができるとそのことしか考えられず、周りから信頼を失い、
大人になり少しましになったと思っていましたが、熱中すると周りが見えなくなる性格は変わらないのかもしれません。
また仕事に熱中してたとはいえ、真面目な会社だったので、夜遅くまで働くことも、サービス残業もありませんでした。
仕事ばかりしてるわけではない、夫ともコミュケーションがとれているし(夫の努力によって違う)、自分の時間も取れてるし、と言い聞かせていました。
気持ちは全く不妊治療や夫との関係、生活に向いていないにもかかわらず。

 

卵巣の病気があり、できるだけ早く妊娠しなければ、子供を望むことが難しくなることを、もっと理解して、生活を変えられていたらと悔やむばかりです。

 

 

卵管がん発覚までの経緯

告知後、一番残念に思ったのは、不妊治療をしており、毎週のように内診を受けていたのに、がんになってしまったことでした。

普通の女性の数倍、卵巣を見てもらっていて、なぜ、、、と思いました。

卵巣は腫瘍ができやすく、大半は良性であること、

子宮などと違い外の世界と触れていないため、手術しないとわからないこと、

理解はしていましたが、なぜ、なぜ、ということが頭から離れませんでした。

わたしが子供を欲しいと願うあまり、手術が遅れてしまいました。

病院の先生には、先生の専門に応じた見方があり、やはり自分の身体のことを自分で理解しないといけなかったのだと思いました。

 

以下治療の経緯です。

 

2013年 7月 生理中突然の腹痛、病院に行くも少し卵巣が腫れているとのこと。

2014年 7月 突然の腹痛、病院では経過観察と言われていたが念のため2週間後にも診察。

2014年 8月 産婦人科より、気になるなら大きい病院紹介しますと言われて、K病院へ。

2014年 9月 K病院受診。左側卵巣に子宮内膜症のチョコレート嚢腫があり、右側には不明な嚢腫があり、手術を勧められる。

2014年10月 K病院にて、腹腔鏡手術。

結局、術中迅速病理検査で、右側は境界悪性と判明し、卵管ごと摘出へ。

 

この時点で妊娠を希望していたためか、抗がん剤などを勧められることなく、経過観察へ。

片側卵巣でも自然妊娠可能ということで、タイミングをとり妊娠を目指す。

 

2015年 9月 職場の上司の勧めにより不妊治療専門クリニックにて治療開始。

この時点の検査では再発なし、卵管造影もOKとすぐに妊娠すると思っていました。

2016年 5月 採卵。マイルド法で11個。1個の胚盤胞と、2個の分割胚を凍結。

2016年8月から10月 3回の移植、いずれも陰性。

2016年12月 採卵。前回思ったより採卵できたので、アンタゴニスト法を提案される。

ここから体調不良がはじまる。結局、採卵できたものの全て空砲。

毎回の内診にて、卵巣が大きく見えるため、手術した病院を受診すべきか確認。

気になるなら行ってきたらとのこと。

2016年12月 K病院受診。再手術を勧められる。

2017年 1月 妊孕力温存に優れた腹腔鏡手術ができる良性腫瘍専門のO病院を受診。

手術の前にできるなら採卵したほうがいいとのことで、3月まで採卵することに。

2017年 2月 採卵するも空砲。

2017年 3月 O病院の紹介で不妊治療専門クリニックYクリニックを受診。

そこで、手術しなければ、採卵しないと言われる。

2017年 5月 O病院にて腹腔鏡手術。

手術の目的を、不妊治療をうまくいかせるため、念のための病理検査とし、できるだけ卵巣を残す方向でする。

意外に腸に癒着していたこと、卵管がひしゃげていたため体外受精の妨げになるといけないから、摘出したとのこと。

おそらく良性だと思うと聞き、ほっとする。

2017年 6月 退院後、O病院から電話があり受診すると、卵管からがんが見つかったと告知。

一番初めに手術したK病院にて戻るように言われる。

K病院受診。

CTでは肝臓や肺に転移は無し。

少し腹水があること、お腹に散らばっていることから、ステージⅡbと診断。

子供は諦めて命が助かることを考えてくださいと告げられる。

抗がん剤を3クール投与し、その後手術をし、3クール投与し、経過観察を目指す治療が開始する。

 

 

はじめに

初ブログです。

 

仕事では会社のホームページやFBなど文章を書く機会はありましたが、自分のこととなると、、、どきどきです。

 

卵管がんになりました。

ステージⅡbです。

経緯などは詳しく書いていきたいと思います。

不妊治療中にがんだとわかり、とうとう子供ができないと絶望し落ち込み、そしてがんというものの恐怖におしつぶされそうでした。

まだ前向きに捉えられていません。

しかしいくつかは確実にわかったことがあります。

 

ここ数年の忙しく切迫感のある働き方。

優先順位がむちゃくちゃで自分との約束を守らない生き方。

忙しくなる理由でもある対人関係の捉え方。

 

わたしががんになった原因は、わたしの生き方、選択の結果だと思い至りました。

これから化学療法、手術と標準治療を進めて行く中で、自分を変えなければまた同じことが起こると思いました。

反省とそこからの変革を目指し、ブログを始めようと思います。

 

告知からの恐怖の日々に、たくさんの卵巣がん、卵管がんのブログから学び、励まされました。

不妊治療中にはたくさんの不妊治療ブログを読みました。

わたしがブログを書く目的は自分のためですが、誰かの役に立つことができれば幸いです。

 

記念すべき今日は温熱療法で一泊入院中です。

f:id:taksm911:20170628222908j:image